レガリアの誘惑
テリウスの大陸全土を揺るがした戦いから、一年半が経とうとしていた。
今日はクリミアの地に王都が開かれた記念の日。城下の賑わいはいつにも増して活気に溢れている。与えられたこの良き日に人々は朝から忙しなく動きつつ、それぞれの祝日を謳歌していた。夜になっても祝いの喧騒は収まる事を知らず、また城下と同じように王城でも祝いの場が持たれ、招かれた者達は束の間の無礼講を楽しんでいた。
王国全体に広がる人々の喜びに満ちた声。クリミアの地は平和そのものだった。
興奮冷めやらぬ空気の中、エリンシアは一人、王城から張り出した露台に佇んでいた。
この所エリンシアは酷く疲れていた。ただでさえ公務に追われる忙しい身であるのに、そこへ国を挙げての一大行事が関わって来るものだから、堪ったものでは無かった。しかし主催者である自分が気を抜く事など以ての外。暫く我慢すれば、また何時もの生活に戻れる。
う自分に言い聞かせ、何とか気力を振り絞って今日のこの日を迎えたのだった。
お疲れでしょうから、少し休まれては如何ですか
──
祝いの席の最中、臣下はエリンシアを気遣い、独りになる時間を与えてくれた。雑踏の中を抜け出し、誰もいない場所まで辿り着くと、待っていたと言わんばかりに喉元からは溜め息にも似たような欠伸が漏れる。慌てて口元を手で押さえつつも、疲労が限界まで来ている事に気付いてエリンシアは思わず苦笑した。
祭事特有の熱気に包まれる中、穏やかに流れて行く夜風が心地良い。城内と城下と、どちらとも分からない喧騒の中に、自分の名前を高らかに叫ぶ声が聞こえる。一人のものだった声はやがてその数を増し、大合唱となってエリンシアの耳に届いて来た。そして、その声はエリンシアの記憶の中にあるものと似ていた。それが即位式のものと同じだと気付くのに、そう時間は掛からなかった。
不安なんです
──
当時の自分の言葉が脳裏を過ぎる。あの頃は未熟だった。それ故に、押し寄せる期待に飲まれてしまうのでは無いかと思う程だった。しかし王位に就いてから既に数年が経ち、彼女の弱さはすっかり形を顰めていた。聞こえて来る声は決して不安を掻き立てるものでは無かった。多少の気恥ずかしさはあれど、寧ろ誇らしい。今のエリンシアにとって、称賛の声は自分の成長の証だった。
そう、よく似ている。期待を寄せ群がる人々、慌ただしく動き回る従者達に、女王として立ち振る舞う自分。何もかも、当時の雰囲気とよく似ている。エリンシアは改めて感じた。ただ一つ違うのは、その時を共にした人物が今はこの場に存在しないだけ。人々の前に姿を現す事に畏怖する自分を励まし、その手を取って導いてくれた救国の英雄の姿が
──
「一人だけ抜け駆けとは感心しないな、クリミア女王」
不意に後ろから声を掛けられて、エリンシアは慌てて考えていた事を頭の片隅へと引っ込める。
「･･････ティバーン様？」
薄暗がりの中から出て来た人物に、エリンシアは些か驚いた様子だった。
祝いの席にはクリミアや他の国の貴族のみならず、ラグズの主たる者達も招かれていた。当然鳥翼三国の王である彼も例に漏れず、その場に同席していた筈だったのだが、共の者を連れていないのを見るに、どうやら自分と同じように息抜きをしに来たらしい。
「珍しいですね、貴方がお一人でいらっしゃるなんて」
「ベオクの貴族の連中に絡まれて草臥れちまったからな」
そう言って、ティバーンは王城の屋根の上を指差して、そこで休んでいたのだと伝える。
「あいつら、今まで散々俺達の事を邪険にしていた癖に、いきなり今日になっておべっか使い出すんだぜ？ お陰で余計な気を遣っちまった」
エリンシアの脳裏に、祝いの席の場面が思い起こされる。言われてみれば、彼に話し掛けていた人物の中には、嘗てラグズの存在を快く思わない者もいた。しかし、クリミアの親ラグズの精神は大陸全土に広がり、今ではベオクとラグズのどちらともが当たり前のように互いを支え合い、友好を深めている。反ラグズの考えは最早過去のもの。長い時を経て、漸く彼らもそう思うようになったのだろうか。不器用で会話の噛み合わない光景を思い浮かべながら、エリンシアはそっと口元を綻ばせた。
「どうかお許し下さい。あの方達なりにラグズの皆様と接点を持とうと、一生懸命なのです」
「分かっちゃいるさ。だがどうにも調子が狂うからな」
全く、奴らの考える事は理解出来ん。そう言いながら、ティバーンは呆れたように溜め息を吐いた。
誰かが余興でも始めたのだろうか、一際大きな歓声が城内に響き渡る。
恐らく今日一日はずっとこのままなのだろう。夜の闇が深くなっても熱狂の時は途絶える事無く、クリミア中を酔わせていた。
「良い国だな、ここは」
景色は見えなくとも、聞こえる音が今の景色を想像させるのだろうか。城下を見下ろしながら、ティバーンが呟いた。
「まるで、あんた自身がそのまま国に反映されているようだ」
まさか、彼から称賛の言葉を受けようとは。エリンシアは少しだけ戸惑って、俯いた。
「そう仰って頂けると嬉しいです。ですが私一人の力では、ここまで為し得る事など出来なかったでしょう」
「随分と謙虚なもんだな。必要な時に助けを貰えるのも、あんたに力があるからだろう」
「そういうものでしょうか？」
「少なくとも、俺はそう思うがな。あまり自らを過小評価しない事だ」
そこがあんたの良い所であってもな、そう付け加えてティバーンはエリンシアを見遣った。
小首を傾げて半ば困惑しつつも、小さく頷く姿が何ともいじらしかった。
「本当に、良い国だな。穏やかで豊かで、だが俺にとっては物足りない位だ」
「それがクリミアという国ですから。その言葉を聞かせ頂くだけで、今日お招き出来て良かったと思いますわ」
「そうか、それならこっちも来た甲斐があるってもんだ。･･････まあ、本当の事を言えば、あいつにも会いたかったんだがな」
あいつ、と言われてエリンシアの胸がどきりと音を立てて揺れ動いた。
「せめて今日ぐらいは戻って来ると思ったんだが」
「･･････アイク様の事でしょうか？」
思い当たる人物が浮かび上がり、エリンシアが恐る恐る訊ねると、ティバーンは「ああ」と大きく首を縦に振った。
「久し振りにあいつとも話をしてみたかったんだがな･･････。あんたは心当たりは無いのか？」
「えっ･･････」
アイクが一人で旅立った事は嘗ての仲間の耳にも届いていた。しかし、その最中に自分の下を訪れている事など誰が想像出来ようか。
心当たりはある、と言うよりあり過ぎるが
──
それは二人だけの秘密であり、流石に話すべき内容では無い。
エリンシアは一瞬思案して、慌てて首を横に振った。
「そうか･･････残念だ」
「貴方には優秀な目を持つ方がいらっしゃるのでしょう？ それを頼りにすれば･･････」
「いや、無理に追うつもりは無いさ。少しだけ寂しいとは思うがな」
「まあ、ティバーン様から『寂しい』という言葉が出るなんて･･････」
「珍しいと思うだろう？ だがあいつは俺にとって、特別なベオクだからな」
寂しいと感じても別に変では無いだろう、そうティバーンは呟き、嘗ての戦友を懐かしんでいるようだった。
「･･････で、あんたの方はどうなんだ？ 女王」
再び自分に話が振られるとは思っていなかったらしい、エリンシアは思わず素っ頓狂な声を出しそうになって、その声を無理矢理喉の奥へと押し戻した。
「ど、どう言う事でしょうか･･････？」
「あいつがいなくなって、寂しくないかって事だ。ずっとあんたの傍にいてくれたんだろう？」
「それはそうですが･･････」
自分に会いに来るアイクの姿を思い出して、エリンシアは痛む胸元をそっと手で押さえた。
寂しくないかと聞かれて、そんな事は無いなんてとても言えるものでは無い。ここ最近では、自分が誰よりもアイクと多くの時を過ごして来た筈なのに、会う度に、別れる度に、想いは膨れ上がって自らを苛める。だが、それも決して他の者には知られてはならない事だ。
「アイク様は今までクリミアの為に尽力して下さいました。ですから、これで良かったのです」
一言一言を自分に言い聞かせるように、エリンシアはゆっくりと話した。
「あの方は、あの方の望む通りに生きるのが一番合っているのでしょう。ですから、私は
──
」
「あんたに強がりは似合わんな、女王」
大丈夫です、言おうとした言葉はティバーンによって遮られた。
きょとんとしたような顔で見上げれば、納得が行かないと言わんばかりの強い視線があった。
「本当は違うんじゃ無いのか？」
厳しい表情とは裏腹に、その口元は僅かながら引き上がっていた。
半ばからかうような口調にエリンシアは困惑し、それでもティバーンから視線を外さず、
答える。
「私はこの地を治める者です。ならば、心はその場所へ向けられるべきだと思いますが？」
エリンシアの語気が少しだけ強くなったのは、気のせいでは無かった。
ティバーンの中ではずっと引っ掛かっていた。先程からエリンシアの視線が自分だけでは無く、その先の遥か彼方を見つめている事、そして、言葉を交わしていても、彼女の心はこの場に留まっていない事
──
最初は自分の勘違いかと思っていたが、アイクの話を出した時のエリンシアの反応を見て確信した。
「別に隠さんでも良いだろう？」
「貴方に隠す事など何も･･････！」
ティバーンの追究に、エリンシアは再び胸元を押さえて動揺を鎮めようとする。同時に、彼女の首元に下がっている細い金属の鎖が、月光に照らされて煌めいた。隙間から一瞬だけ覗く、装飾された瑠璃色の石を彼の視線は見逃さなかった。
「･･････青金石か？」
「
──
！！」
エリンシアの手が首元のものを隠すよりも早く、ティバーンの手が細い光に触れる。白い指からするりと抜けるように彫金と鎖とが引き出され、その中心には小さな青金石が嵌められていた。海を思わせるような、何処までも深い青。その色は、先の話に出ていた人物と同じ色をしていた。
「あいつと対になるものって事か･･････」
「･･････っ！」
ティバーンの言葉に、エリンシアの息が一瞬止まった。
「･･････ご存知だったのですか？」
「前に一度だけ、国に来た事があってな。滅多に装飾など持ち歩かん奴だから、よく覚えていただけだ。」
「そうですか･･････。」
エリンシアが身に付けているもの。それと似たような形を、ティバーンは一度だけ目にしていた。それは、アイクが旅の途中で鳥翼族の国に立ち寄った時の事だった。腰に結ばれていた袋の中から垣間見える白金の鎖に気付いてティバーンが言及すると、アイクは言われたものを中から取り出し、見せてくれた。細工の中に埋め込まれた翠玉が、淡く輝くのが印象的だった。
「珍しいな。そんなもの何処で手に入れたんだ？」
「エリンシアが、俺にだと。持ち主に安定をもたらす護符だとか何とか言ってたぞ」
「へえ、あのクリミア女王がな･･････。って、もう終わりか？」
一瞬だけ見せて満足したのか、アイクはさっさと護符を元の場所に仕舞ってしまう。
「こういうものは、人前に出すと効力が無くなるんだそうだ」
「何だ、それも女王の受け売りか？」
「そうだが･･････。何か気になる事でもあるのか？」
「いや･･････別に無いがな。ただ、もう一度見たいと言っても、無理なんだろう？」
「ああ、悪いな」
言葉ではそう言いつつも、アイクはあまり悪びれた様子では無かった。
その姿はまるで宝物を自慢する子供のようにも見えて、彼にしては珍しい事もあるものだとティバーンは感じたのだった。
「･･････確かに私の気持ちはそれだけではありません」
流石に誤魔化せないと分かったのかエリンシアは静かに呟いた。
「ですが、先に申し上げた事に偽りなど無いのも事実です」
しかし予想外にも、その表情は揺れる事無く、真っ直ぐに目の前の男を見据えた。それは、彼女がクリミアの地が血に染まるのを憂い、一人飛び出して来た時のものと同じだった。
「あいつが持っていたのは･･････あんた自身。そうなんだろう？」
アイクの護符に使われた白金と翠玉。それはクリミアを象徴する高貴な白と翠緑
──
即ちエリンシア自身だった。そして今、目の前にいる人物が首から下げている青い石。それの意味する所は深く考えずとも理解出来る。彼女は極力他者に悟られないように、それでも密やかに自分の想いをアイクに伝え、自身も主張していたのだ。儚げな外見からは想像もつかないしたたかさに、ティバーンは思わず驚愕してしまった。
「･･････貴方には関係の無い事です」
ティバーンの問いをエリンシアは否定せず、だが肯定もしない。代わりに返した答えは、全く異なるものだった。
「･･････関係無い、か」
決して本心を明かそうとしないエリンシアに、ここに来てティバーンは半ば苛立ちにも似たような感覚を覚えていた。
良い度胸をした女だ。ラグズ連合とベグニオン、両者の戦いを止めに入った時のエリンシアを、ティバーンはそう評した。
否、それで片付けてしまうにはあまりにも無礼だった。共に戦場へと赴いて、その考えは別のものへと変化した。剣と杖、対極にあるものを自在に使いこなす能力は、明らかに他の者を圧倒していた。しかしその根底にあったのは慈愛と気高さ。故に、強大な力を持つにも関わらず、エリンシアは好んでそれを使おうとはしなかった。
力を持つが故に、力を使わない強さ。それがクリミア女王エリンシアの精神であり、土台だった。
一度ゆっくりと話をしてみたいものだ。エリンシアにそう話した事もあったが、それは、彼女をもっと深く知りたい、そんな思いがティバーンの中に無意識のうちに湧き上がっていたからだった。弱々しく見える華奢な身体に、強さが備わった要因は何なのか。その正体を突き止めたかった。
アイクがいなくなって寂しくは無いか。ティバーンにしてみれば、その問いは大して意味を持たなかった。誠実なエリンシアの事だから、直ぐに思った通りの返事が返って来ると思っていた。
だが、そうは行かなかった。ティバーンの問いは、エリンシアの核心を突く言葉だった。彼女は頑なに、胸の内を明かす事を拒んだ。半ば追い討ちを掛けるように挑発しても、心は変わらなかった。
「･･････気に食わねぇな」
脳裏に浮かんだ言葉は、そのまま声となって現れた。
自分の手の中にある青金石。そして煌めく鎖は、月光と同じように白く、細い首に繋がれたまま。
視線を逸らさず動かないエリンシアの姿の上に、もう一人、石の色から連想される人物の影が重なった。
金属製の細い鎖は、僅かな力を加われば簡単に切れてしまいそうだった。断ち切ってしまえば、少しは気が晴れるのか。衝動に任せて、目の前にあるしなやかな身体を揺さ振ってしまえば、満たされるのか
──
しかしながら、そこまでの意地の汚さは持ち合わせていない。
「だが、確かに俺には関係の無い事だ」
言って、ティバーンは持っていた彫金を手から離した。
そう、自分にとっては関係の無い事。エリンシアの言葉は、これ以上自分の領域に入る事は許さないという意味だった。
彼女が表に出そうとしない存在。求めるものの正体は、それに違いなかった。しかし、エリンシアが核心に触れる事を許さなかったのは、自分が相応の人物で無かったという事。あくまで彼女が見せたのは、「エリンシア」では無く「クリミア女王」としての振る舞いだった。既にエリンシアの心は決まっている。そして、その領域に入る事を認められたのは、ただ一人だけ。ならば、自分の入る余地など最初から無い。
自覚してしまった。目の前で自分を見据える女性に対して向けられるものを。自分には縁が無いと思っていた感情を。そしてもう一つ、それと対極にある別の想い。ティバーンは密かに自嘲した。苛立ちの先にあるもの、それは思慕と嫉妬だった。
「さっさと仕舞ったらどうだ。見られたく無いものなんだろう？」
半ば自棄気味にそう言って視線を外すと、察したのかエリンシアは装飾を胸元へと収めた。
これ以上の追究が無い事に安堵したのか、溜め息のような音が聞こえたような気がした。
「･･････貴方はお優しい方です、ティバーン様」
エリンシアの声が耳元を掠める。優しい、その言葉はその通りの意味を持つのか、それとも彼女なりの皮肉なのか。聞いてみたい気もするが、そうした所で何か変わる訳でも無い。故に、無意味な詮索は不要だった。
「不愉快な思いをさせてしまい申し訳ありません。折角の機会なのです。貴方のお話もお聞かせ願えませんか？」
「俺とあんた、水入らずって事か？」
「ええ。駄目でしょうか･･････？」
「構わないぜ。だが、向こうに戻らなくて良いのか？」
主催者として、祝いの席を長い事外すのは失礼では無いか。思ってティバーンは言うも、エリンシアはそっと首を横に振って、城内の方へと目線を遣る。いよいよ宴も佳境に入ったのだろうか、歓声は波のように押し寄せて、主たる者が不在な事など気にも留めていない様子だった。
「大丈夫です。暫くはこのままでしょうから･･････」
エリンシアの表情にはいつもの穏やかさが戻っていた。そして、ティバーンを手招いて、応接間の方へと歩き始めようとする。
「なあ、女王。一つだけ聞かせてくれ」
「何でしょうか？」
「これは『クリミア女王』としての社交か？」
ティバーンの言葉に、エリンシアはきょとんとしたような顔をして、小首を傾げた。一瞬戸惑って、ティバーンの問いの真意を見出そうとしているようだった。そうして暫く考えて、そっと一言呟いた。
「･･････きっと、『エリンシア』一個人としてのお願いですわ」
聞いてから、ティバーンは自覚した感情の影響力に驚いていた。エリンシアにしてみれば、自分を不快にさせたという詫びの気持ちから来る、単なる気遣いでしか無い。そんな事、既に分かり切っているだろうに、この期に及んで淡い期待を抱こうなど
──
しかしエリンシアの答えは、その期待を予感させてしまうような言葉だった。二人きりの時間を持つ、その事実に心が揺れ動く自分がそこにいた。
「そうか･･････、まあ別にどっちだって俺は良いんだがな」
出来る限りの冷静さを以てそう取り繕うと、エリンシアはふっと口元を綻ばせて微笑した。その表情は鮮烈だった。
「･･････少しだけ、酔いたい気分なのです。ご一緒して頂けますかしら？」
「何だ、あんたも飲める口ってか？ ･･････良いだろう、とことん付き合ってやるさ」
何と言う誘い文句。果たしてこの女性は、どれほど自分を惑わせるのか分かっているのだろうか。
慣れない感情に振り回される己の姿は酷く醜く見える。ティバーンは自分に対して心底呆れ、失笑してしまいたいような思いに駆られた。だが、決して悪い気はしない。ならば、せめて今だけは揺れ動く感情に身を任せるのも良いのかもしれない。
「さあ、参りましょう」
エリンシアの誘いに導かれるまま、ティバーンは彼女の後を追った。
自分の心がエリンシアに向けられているのと同じように、エリンシアの心はアイクに向けられている。主従と言う関係の中で培われた絆は、そう簡単には断ち切れはしない。自分は彼女と出会うのが遅かった。ただそれだけの事。
──
大した女だ。複雑な心境の中、ティバーンが最後に辿り着いたのはそんな想いだった。
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エリンシアはアイクの事が好きで好きで仕方ないんです。そんだけ
【蛇足】
翠玉：エメラルド…幸福 / 平和 / 夫婦愛 (希望や新しい道への始まり、心の平和を意味する。最愛の者の誠実さの証)
青金石：ラピスラズリ…崇高 / 尊厳 / 成功 (支配者の石、幸運を授ける。アラビア語で天・空・青を意味するallazwardが語源)
書いている合間に石言葉を調べるのは、凄く楽しかったです
(2010/06/22)